国宝 十一面観音菩薩立像National Treasure — Eleven-Headed Kannon
国宝 十一面観音菩薩立像(背面) 平安時代前期 木造
この像は、背面にも一面の顔を持ちます。
ここでお見せできるのは、その背中まで。
正面は、お堂で。
像の概要Overview
- 指定
- 国宝明治30年(1897年)特別国宝に指定
- 像高
- 194 cm
- 材・技法
- 檜材一木造り
- 制作年代
- 平安時代前期(9世紀後半頃)
- 安置
- 収蔵庫(慈雲閣)
檜材一木造り、像高194㎝。頭上のいくつかの仏面と左の手首先は共木で造られ、はめ込んである。寺伝では、天平8年(736年)全国に天然痘の大流行で多くの人々が亡くなられた。当時の高僧、越前福井の出身で加賀白山で修行をしていた泰澄大師が奈良の都へお上りになる際、聖武天皇の命でこの観音像を彫られたと言われている。
しかし、様々な観点からみると、平安時代前期(860年頃)天台宗の影響を色濃く表していることから作者不詳と言わざるを得ない。わが国に数ある十一面観音像の中で最高位に等しいお姿である。


十一のお顔The Eleven Faces
十一面観音は、頭上に十の面、そして本面をあわせて十一の顔を持ちます。
それぞれの顔に、人を救うための異なる表情が込められています。

慈悲相
穏やかな表情で衆生を慈しむ、正面の三面と本面

瞋怒相
悪をとがめ、怒りの表情で正しい道へ導く

狗牙上出相
牙を上に出し、善い行いを励ます

暴悪大笑相
背面にあり、大きく笑って悪を笑い飛ばす

仏面
頭頂に置かれた、悟りを表す如来のお顔

横顔
天冠台と耳飾り、肩へ流れる衣文
※各写真がどの相にあたるかは、公開前に専門家の確認を受けます
国宝指定までの経緯Designation
明治21年、宮内庁臨時全国取調局の九鬼隆一氏やフェノロサなど数名が調査に訪れ、観音様が日本屈指の尊像と賞賛されました。
それで明治30年に、模範とすべき特別国宝に指定されました。
村で護ってきた観音様は国宝に指定されるまで村の共有物でしたが、公式には村で国宝を所有できなかったため、お世話になっていた向源寺に所属させました。今日では渡岸寺観音堂(向源寺)と呼ばれております。